あの人がまだ生きていたなら・・と思う時。

if he was stil alive 人生山あり谷あり

こんにちは!みっきおばちゃんのブログにお越しいただき、ありがとうございます。

日本はもうすぐお盆ですね。

人は生きている限り、別れと出逢いの繰り返しで良いこともあれば悪いこともありますが、一度の人生、どうせなら良い出逢いが多めの方がいいなと切実に思います。

何も生きているものの死だけが別れをもたらすのではなく、何気ない日常でも小さな別れと出逢いの連続でいのちの時間が流れています。

先日、母とのやり取りの中で「あぁ、あの人が生きていたならなぁ・・・」と強く思ってしまったので、今日はその想いを皆さんと共有させて下さい。

私とあの人は一度も会えなかった

実は、私とあの人は一度も会ったことがありません。なぜなら、あの人は私が生まれる前にはもうこの世を去っていたからです。

あの人とは、私の母の父。私のおじいちゃんです。

祖父は、30代という若さで亡くなり、母がまだ小学生の時でした。お父さんのことが大好きで大好きでたまらなかった母は、本当に辛かったそう。また祖母も突如、未亡人としてまだ小さな子供たちを育てていかなければならなかったので、その苦労は凄まじいものだったと思います。

そんな祖母も、少し前に息を引き取りました。亡くなった直後の痛みと闘ってきた祖母の顔は、とても穏やかで優しい顔をしていました。50年以上も前に祖父と死別した祖母は、その後再婚をせず、女手一つで子供たちを立派に育てあげました。おばあちゃん、本当にありがとう。

今頃、やっと天国で再会できたおじいちゃんと楽しい時間を過ごしているといいな。

おばあちゃん、また天国で会いましょう。
このブログを立ち上げるきっかけとなった祖母の死。本日は、祖母の死から学んだことを書いています。

おじいちゃんの歳をついに自分が超えた時、なんとも言葉にならないような、悲しい気持ちがこみ上げてきました。まだまだ色々やりたいことがあっただろし、自分の子供たちの成長を見届けたかっただろうし、なんとも言えない気持ちです。

あの人がまだ生きていたなら・・・

おじいちゃんが生きていたなら、祖母の人生も、母の運命も、彼と共に生きていた人たちの人生も、今とは全然違っていたかもしれません。そう思うと、涙が溢れます(只今、号泣中)。

ふう(深呼吸、鼻もかんだ←いらない情報)。

私がブログを始めてから、新しい自分を発見したと言うか、書くことがこんなに好きだとは思ってもみませんでしたし、写真を撮ることも大好きだったことを知り、それを私の身近な人達だけと共有するのではなく、世界中の皆さんと共有できることが感動的過ぎて、毎日毎日興奮状態です。

そんな中、先日母とのやり取りの中で「おじいちゃんは、毎日日記を書くことが大事。そこから始まる」と言っていたと教えてくれました。

おじいちゃんは自分の手帳に何でも考えていることを書き留めたり、文学青年だったようで書くことが大好きだったそう。また写真を撮るのも趣味だったようで、写真もよく撮っていたそうです。

一度も生きて会えなかったおじいちゃんですが、確実に私は彼の遺伝子を引き継いでいるみたいです。もっと強く言えば、私の11歳の息子がおじいちゃんの若い頃にどことなく似ていて、息子も文学少年。時間があると、執筆活動に勤しんでいます。(将来の夢は、作家。頑張れ、息子よ。)

おじいちゃんが生きていたなら、私がこうやって物を書いて、自分が撮った写真を世界中の皆さんと共有していることを本当に喜んでくれただろうなって。毎日、私のブログを読んで、色々感想を話してくれただろうなって。

ひ孫もおじいちゃんにそっくりで、未来のおじいちゃんが誕生したよって会って報告したかったな・・・。

あー、おじいちゃんに会いたい。何で死んじゃったの、おじいちゃん・・・。

会ったことがないのにこんなに会いたいと思う人は、過去を振り返っても、この先もおじいちゃんしかいないと思います。

過去を変えることはできないので、どうしようもない気持ちでいっぱいですが、天国で私の成長を見守ってくれていると信じ、私は物を書き続け、写真を撮り続けます。

それがきっと、天国にいるおじいちゃんの最大の喜びであることを想いながら・・・。

つづく。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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おじいちゃんに会いたい。

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