82歳一人暮らしのご近所さんとの会話で

NZライフ

ある日のこと。

スーパーに立ち寄った帰りに、「ハロー!」と満面の笑みで、ベンチに一人腰掛けていたおじいさんに話しかけた。

彼は私の顔をじーっと見て、誰だ、この人?知らないアジア人が話しかけてきたぞ、まいったな、みたいな顔して困惑していたので、「私のこと、覚えてますか?」と聞いてみた。

もしかすると、しばらく彼に会っていなかった間にぼけてしまったのかな、と私もどうしよう、話しかけるんじゃなかったかな、と一瞬後悔してしまった。

が、その後悔も一瞬にして消え去った。

彼は透き通るブルーの目をさっきよりも倍ぐらいの大きさに見開いて、「おおっ!みっきじゃないか!今までどこに行ってたんだ?見た目も全然違うから、わからなかったよ!」と嬉しそうに言った。

しかも私の本名(みっきはニックネーム)を、一字も間違えることなく、完璧な発音で呼んでくれた。外国人でそうできる人は、珍しい。

あ、まだまだ彼の記憶力はシャープだ、ぜんぜん大丈夫だとほっとした。

彼は私のご近所さんである。私達がここに引っ越してくるずっと前から、大きな一戸建てに一人暮らしをされている。

奥さんは随分昔に亡くなられたようで、一人息子さんが時々様子を見に来ている。訪問介護も頼んでいないよう。

引っ越してきた頃、彼と会う度に「もう僕の先は長くない。どんどん家を増築していったことに、僕は後悔している。こんな大きな家と庭を一人では管理しきれない」と同じ話をしてくれた。

あれから約10年後、彼はまだ生きている。

当初は彼の話を鵜呑みにして、何かあったら救急車呼んで、当時めったに会いに来ていなかった息子さんに連絡しなきゃと意気込んでいたが、それから一度も救急車を呼ぶこともなく、あっという間に時が流れ、今に至る。

ただ、この10年で彼の老いは、はたから見ていても一目瞭然だ。

腰が曲がり、大きな木の枝の杖で自分を支え、息を切らしながら、5歩歩いたら休憩を繰り返しをしているのを見た時に、胸が苦しくなった。ちょっと前まで、あんなに元気に歩いていたのに・・・。

いずれ老いは、命あるものに誰にでもやってくる。40歳にもなってくると、それをぐっと身近に感じることが多くなってきた。

ここ数年で、家族、友人、知人がバタバタと倒れ、そして、亡くなった。生と死は、医療が発達しようが、いつの時代も紙一重だ。

今日は、そういうことを書きたいんじゃない。書きたいのは、おじいさんとの会話である。

私の倍以上の年齢のおじいさん、何の接点もないおじいさん、ニュージーランド生まれのニュージーランド人のおじいさんとの会話は、その日、30分ぐらいに及んだ。

最近の集中豪雨の話から、私達のご近所さんの話になった。

「君の後ろの家に住んでいる女性は、元気なのかね?最近全く見かけないから、心配だよ。僕も近所の一住民として、ご近所さんの身の安全を守らなきゃいけない。」

「元気だと思います。今、娘さんが一緒に暮らしています。」

「えっ!娘も一緒に住んでいるの?見たことないよ。」

「あ、お二人とも外に出てこないし、近所の誰一人とも交流してないですよ。でも、お仕事はされているようで、私もよく知りませんが、大丈夫ですよ。」

おじいさんが彼女を心配をしていることに驚いた。責任感もまだまだ健在だ。

「ところで息子さんは、今、どれぐらいの頻度で会いに来てくれるのですか?」

「週二回。息子がね、来る前には、肉屋にいっていい肉を買ってくるんだ。それで、それをローストにして一緒に食べるの。」

82歳になった彼が、息子のために近くのスーパーではなく、わざわざちょっと離れたお肉屋さんまで行っていることに、感心した。普通は、息子さんの方が何か準備するのではないのかと思ったのだけれど・・・。

「それは、いいですね。息子さんも嬉しいでしょうね。」

「いやっ、彼は家にきても全然話さない。食べている最中も、お互い違う方向を眺めてる。この前だって、何にも話さなかった・・・。」

そういえば、つい最近、息子さんが彼に向かって、なんか怒鳴っていた。何だか聞いちゃいけないような気がして、その場をそっと離れたばかりだ。

「息子はね、高校生の時にはガールフレンドが何人もいたんだけど、気付いたら、みんなと別れちゃっててね」

そういえば、息子さんに女の気配が全くしない。この10年、彼はいつも一人で現れる。

「息子さん、今、お一人なのですか?」

「多分そうだと思う。何にも話してくれないから、いてもわからない。僕の妻は、僕より年上だったんだけど、彼女が亡くなってから、何もかも変わってしまった。」

本当は、亡くなった奥さんのことを聞いてみたかったのだが、彼の悲しそうな顔を見て、やめた。何か違う話題をふらなきゃと思った。

「ところで、お昼間は、何して過ごされているのですか?」

「あのね、僕、ワインが好きで、ワイン飲んでるの。」

「えっ!朝からずっと?」

「いや、午後2時まで飲まないで我慢するの。2時になったらね、好きなテレビ番組が始まるから、それに合わせて、箱で安く買ってきたワインを何杯も飲むのが毎日の楽しみ。」

ほお~。結構、ひとり時間を楽しんでいるのね、おじいさん。

「今、何歳になられたんですか?」

「82歳。もう来年の誕生日までは、生きていないと思う。」

「お誕生日は?」

「何月何日」

「あ、じゃあ、その日に会いに行きますね。ところで、息子さんはおいくつなんですか?(←何でもかんでも聞くみっきおばちゃん)」

「確か・・・76年生まれだから、ええっと・・・・」

答えを待つみっきおばちゃん。みっきおばちゃんは、小学生の時から、数字アレルギー、ザ・文系。とっさに言われても計算はできないのである、笑。

私「ええっとー、ってことは40代ですかね、ええっとー(←やっぱり計算できない)、43歳?(46歳である)」

「ぐふふ。僕も計算できない。多分、そこら辺」

「んじゃ、40代半ばってことにしておきましょうかっ!」

あまりに適当な私とおじいさんは、青空の下で笑いあった。

もっと長く話せそうだったが、スーパーで買ってきたお肉が心配になってきたので、そこでバイバイした。

私は、おじいさんの生きる力を、おじいさんの目に感じた。体は衰えてきても、心はまだとっても生きる力でみなぎっていた。

私がもし長生きして、一人暮らしをする82歳になった時、私もご近所さんとこうやって笑いあいたい。そして、その時、42年前におじいさんと笑いあったことを思い出したい。

・・・・・・・・・・・・・・

つづく。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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