墓はいらない、思い出だけで十分と彼は言った

人生山あり谷あり

今日のタイトルと私のブログ名からこのブログを書いている人物は、シニア世代だと思う方もいらっしゃるかと思います。

が、みっきおばちゃんは今年40歳になった中年ギャル(おい、無理だろー、笑)。

このブログ名にしたのは、甥が「おばちゃん」と初めて呼んでくれた時の響きが何だかくすぐったかったのと、誰もが気軽に見に来ていただけるような近所の「おばちゃん」的なブログにしたかったからです。

「40歳の自分自身をおばちゃんと呼んでいる人って、老け込んでて可哀想な人」と言う方もいましたが、全然そんなのありません。

毎日、今日が一番若いと思っていますし、20代、30代の頃よりも、今が一番心身健康でバランスが保たれています(念の為、皆様にお伝えしておこうと思いました。自称「念の為女」です、笑)。

さて、子犬のハッチーとお散歩デビューを果たしてから、ここには書ききれないほどの新しい出会いがあり、今日のブログタイトルの「彼」とは、実は犬友のムッシュ(フランス人風に書いてみた、笑)で、その彼が言った言葉であります。

下のこの記事を読んでいただいた方は、覚えていらっらしゃるかと思いますが、

【追記】ついに念願のお散歩デビュー!のその後
夢見ていた光景がついに現実にっ!楽しみがまた一つ増えました。

初めてお散歩デビューをした日に出会ったムッシュと、ハッチーと同い年で4ヶ月のミニチュア・アメリカン・シェパードの男の子。

同じ通りに住んでいるご近所さんだということが判明(私のブログ、ご近所さんの登場率高め。今回で、4人目です)。

昨日は晩御飯の後、家族で散歩に出かけると再び遭遇。

実はその前にもムッシュと夫が散歩中に会っていて、ムッシュが犬を飼う事になった経緯を初対面の夫に話してくれていました。

現役時代は、奥さまとがむしゃらに働いてお金を貯め、住宅ローンも完済し、子どもたちを育て上げ、今はお孫さんもいるそうですが、ここ数年、メンタルヘルスをやられてて鬱っぽくなっていたそう。

もうどうにもならなくなり、自分の元気を取り戻すために子犬を迎え入れたようでした。

子どもが好きなようで、地元のスポーツチームのコーチをしていたり、遠くに住んでいるお孫さんとはオンラインゲームで遊んだり。

きっと誰かのお世話をするのが好きなのかなぁ、ムッシュ。

そんな人情たっぷりの彼とはまだ数回しかお会いしていないのですが、何だか話す内容が深い。

昨日の会話で、

「ぼく、墓はいらない。思い出だけでいい。両親はお墓を作ってそこに眠っているけど、ぼくは滅多に行かない。ぼくのおじいちゃんは墓を作らず、彼が愛した海に灰をまいたんだ。ぼくもそれがいい」

とムッシュが唐突に言いました。

「思い出は、残された人たちの心に残る。それだけで、ぼくは幸せだ。それで十分じゃないかね。」

と続けてムッシュが言いました。

私達夫婦も同じ考え方なので、一瞬言葉にできない何とも表しようのない気持ちになりました。

ここだけの話(と言っても私の母と息子には伝えてありますが)、夫も私も墓はいらない、葬式もしない予定で、二人の遺灰を同じ所にまく予定です。

遺灰をまくのは法律的にどこでもいいというわけではないのは、ちゃんとわかっています。

夫が先に逝けば、私が彼の遺灰をまき、その逆もあり、最終的に残されたほうの遺灰をまくのは、息子の最後の仕事です(12歳の息子にお願いしてあります、笑)。

40代、50代の私達夫婦が何でこんなことを考えているのかと申しますと、この数年、家族や友人、知人が相次いで亡くなったり、病気や戦争など「死」について深く考えるようになったからです。

今日、もしかすると交通事故に巻き込まれて死ぬかもしれませんからね。いつ何があるかわかりません。

なので自分が死んだ時、残された人たちにどうしてもらいたいのかを考えるのは、何歳からでもいいと思うのです。

ずっと物を減らし続け、自分の身の回りの整理整頓をしていた理由の一つもそれです。

膨大な遺品整理って残された家族にとっては、とっても大変。

死んでからも人には迷惑をかけたくはないと思っているみっきおばちゃん。

近くに住む元夫の家は、やばいほどのお・や・し・き(汚屋敷)。彼が死んだら誰が片付けるんだろう?息子?

結局、元妻の私が片付ける羽目になる気がしてちょっと怖い、笑。

ニュージーランド人のママ友のお父様が亡くなった時、彼の遺言は「墓はいらない、灰をどこどこにまく、残された家族が高額なお金を使って自分の葬式をするぐらいなら、違うことに使ってほしい」だったそうです。

それに対してお母様は大反対だったようですが、最終的にお葬式はせず、小さなお別れ会をして家族や友人が温かく見送ったそうです。

思い出は永遠に。

・・・・・・・・・・・

本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

命の時間は限られていると意識するからこそ、毎日、「生きててよかった」と思える瞬間や思い出を増やしていきたいです。

ボクも父ちゃんと母ちゃんと同じ所で眠るからね、よろしく! by ハッチー

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